落語の中の言葉190「フグ」
十代目柳家小三治「らくだ」より
らくだとあだ名される無法者がフグに当たって死ぬ。訪ねてきた兄貴分が発見し、弔いの真似事でもしたいと思うが銭がない。通りかかった屑屋に家財道具を売り払おうとするが買える物はないと断られる。屑屋を脅して使いにたて、相長屋の者からは香奠を出させ、大屋からは死体にカンカンノウを踊らせて酒・肴・飯を出させる。八百屋からは早桶替わりにする漬け物樽を貰い、大屋が届けた酒に酔っ払った上で漬け物樽にらくだの死骸を入れて火屋(焼き場)へ屑屋と兄弟分の二人で担いでいくが……
長い咄なので酒に酔った屑屋が俄然強くなって兄貴分との立場が逆転するあたりで切ることが多い。
さて今回採り上げるのはフグである。フグは毒を持つ魚として知られている。
フグはその毒ゆえに恐れられると同時にまた好まれた。
『梅翁随筆』(寛政享和期1789-1803?)にも中毒死の例を揚げ
死なぬかと雪の夕にさけて行 誹風柳多留拾遺初編
片棒をかつぐゆふべの鰒仲間 誹風柳多留初篇
「絵本世都乃時」
江戸の初期には卑賤の食べ物とされ値段も安かったが、文化の頃には高級魚となっている。また江戸末期にはフグにあたる人も昔と比べ少なくなったようである。江戸時代にはフグはほとんど「鰒汁」として食べられていたという。
「どぶ」とは、同書「第八 なまだれだしの部」に「何時も酒のかすをしぼりたるがよし、にごり酒は悪」とある。
フグの身を漬けるものを『料理物語』では「にごり酒は悪」といい、『本朝食鑑』は濁酒という。
『料理物語』には「どぶ」について「酒のかすをしぼりたるがよし、にごり酒は悪」とあるが、発酵の終わった醪(もろみ)を搾って酒と酒粕にするのであるから、その酒粕を搾るとはどういうことか疑問であった。後に『料理早指南』三篇山家集(享和二年1802)を見ると
ところで、フグの毒については次のように云われる。
毒一般をポイズンといい、その内動植物のつくる毒をトキシンという。動物毒は猛毒が多く、植物毒は猛毒から温和なものまで幅広い。植物毒は薬として利用されることが多く、研究も盛んで数千種類もあるという。植物毒の多くは「アルカロイド」という窒素原子を含む塩基性分子である。
フグ毒の強さを他の毒物と比べてみた。大木幸介『毒物雑学事典』1984.8には毒物の一覧表が載っている。毒の強さは「半数致死量」で示されている。その中からフグ(テトロドトキシン)、トリカブト(アコニチン)、ボツリヌス菌(ボツリヌストキシン)、青酸カリ(青酸)の四つを採り上げ比較する。
*毒性の強さ比較
半数致死量 1グラムで
フグ(テトロドトキシン) 0.01 1,600人強
トリカブト(アコニチン) 0.3 55人強
ボツリヌス菌(ボツリヌストキシン) 0.00005 33万人強
青酸カリ(青酸) 4.4(最小致死量) 4人弱
わかりやすくするために、ヒトの体重を60㎏として1グラムの毒が何人の半数致死量(青酸カリは最小致死量)に相当するかを計算して追加した。
なおボツリヌストキシンは破傷風菌のテタヌストキシンとならぶ、最強の猛毒である。フグ毒の強さはトリカブトより一ケタ違い、青酸カリの数百倍である。
フグ毒の強さは、フグの種類やその部位によって違う。厚生労働省の「自然毒のリスクプロファイル:魚類:フグ毒」には次のように書かれている。
ところが、特に毒の強い卵巣を糠漬けにしたものが石川県の特産品として売られている。
なぜ毒が弱くなるのか科学的には解明されていない。同書は次のように云う。
旧美川町では、プラスチック製容器で塩漬け一年、水洗い・乾燥の後、木の樽に糠を敷き塩蔵卵巣を並べその上に糠を置き麹をふりかけ、この順に幾層も重ね木蓋をして重しを乗せ、「いしる」(鰯の魚醬)を注ぎ、減ったら注ぎ足して二年漬け込み発酵させる。石川県医学予防協会の毒性検査を経て販売されている。その検査は、糠汁のエキスをマウス二疋に注射して三〇分経って二疋とも問題なければ5MU以下。10MU以下で合格。漬ける前のゴマフグの卵巣は100~1000MUという。漬け方は場所によって違い、輪島市では塩漬けは一日、3~4日天日乾燥、その後糠と「いしる」で二年間漬ける。但し麹は使わないという。
落語の中の言葉 一覧へ
らくだとあだ名される無法者がフグに当たって死ぬ。訪ねてきた兄貴分が発見し、弔いの真似事でもしたいと思うが銭がない。通りかかった屑屋に家財道具を売り払おうとするが買える物はないと断られる。屑屋を脅して使いにたて、相長屋の者からは香奠を出させ、大屋からは死体にカンカンノウを踊らせて酒・肴・飯を出させる。八百屋からは早桶替わりにする漬け物樽を貰い、大屋が届けた酒に酔っ払った上で漬け物樽にらくだの死骸を入れて火屋(焼き場)へ屑屋と兄弟分の二人で担いでいくが……
長い咄なので酒に酔った屑屋が俄然強くなって兄貴分との立場が逆転するあたりで切ることが多い。
さて今回採り上げるのはフグである。フグは毒を持つ魚として知られている。
学問的にいうと、フグの戸籍は硬骨魚類、フグ目、マフグ科に属することになる。マフグ科の学名Tetraodontidae(tetora=四 odonto=歯)は、フグが四本の鋭い歯を持つことに由来する。(山崎幹夫『毒の話』1985.10)
フグはその毒ゆえに恐れられると同時にまた好まれた。
鰒の肉に毒ある事
見しは今、知人四五人同道し愚老所へ来り給ひぬ。われ出逢ひ、たまさかの御出、何をかもてなし申さん。あたらしき肴はなきかと、一人ごといへば、客の中に壹人申されけるは、亭主は我等を馳走ぶり見えたり。餘の物は無用、皆々鰒汁好なれば、肴町に鰒あるべし、たゞ鰒汁よといへる所に、又壹人、鰒汁のもてなしならば鶴、白鳥にもまさり成べし。たゞ鰒のあつものよと口々にいへり。愚老聞て、鰒汁やすき御所望なり。然れども爰にもの語りの候。我知人に中嶺源右衛門と云人、常に鰒汁を好みしが、去年の夏鰒汁にあたつて、血をはき忽死たり。愚老夫を見しより、鰒はおそろしく候。又当年、伝馬町にて彦惣と申もの、鰒を好みしが、有時干鰒をくひ死たり。扨又、此ほど小網町にて、鰒をくひ、親子けんぞく七人家一つにて死たり。是を見しより、われおく病心にや、鰒の沙汰を聞ば身の毛よだつなり。此度鰒汁をばゆるし給へと申ければ云々(『慶長見聞集』巻之九 慶長十九年1614自序)
『梅翁随筆』(寛政享和期1789-1803?)にも中毒死の例を揚げ
此外にも当冬(寛政十年1798?)鰒汁に中り満座のこらず死し、或は其中に一両人死たるなど専ら沙汰せし也。軽きものはかぞふるにたらず。鰒に毒有て中るといふ事は、老少口々にいひ伝へてしれる事なれども、好みてくらふ人多し。されども中らぬ人も多し。近来は料理の製法よろしき故なりといふものあり。当午の秋より鰒のために命を失ひし人多し。されば季候の変にて毒に浅深有事と見えたり。此後も今年のごとき季候も有べし。河豚は必喰ふまじきものなり。
河豚(フグ)、鰶魚(コノシロ)、我等若年の頃は、武家は決て食せざりし者也、鰶魚は、此城を食ふといふひゞきを忌て也、河豚は毒魚を恐れて也、二魚共卑賤の食物にて、河豚の価一隻銭拾弐文ぐらい、鰶魚は二三銭にて有しが、近年は、二魚とも士人ももてはやし喰ふ故に、河豚は上市(ウリダシ)一隻弐百銅、三百銅にして、賤民の口へは思ひもよらず、鰶魚は、今世も士人以上は喰ざれども、魚鮓(スシ)にして、士人も婦人も賞翫しくらふ、河豚も乾ふぐは、貴富も少も恐れず喰ふ、鰶魚のすしに同じ、(『塵塚談』文化十一年1814)
河豚魚の毒ありて人を殺すことは、昔より人のしれることなるに、今は毒にあたる人もなくなりて、冬の頃なれば、うる人市にみちて、あたひも昔のいやしきが如くにてはあらずなりにたり。(鈴木桃野『反古のうらがき』 桃野は嘉永五年1852歿、享年五十三)
死なぬかと雪の夕にさけて行 誹風柳多留拾遺初編
片棒をかつぐゆふべの鰒仲間 誹風柳多留初篇
「絵本世都乃時」
江戸の初期には卑賤の食べ物とされ値段も安かったが、文化の頃には高級魚となっている。また江戸末期にはフグにあたる人も昔と比べ少なくなったようである。江戸時代にはフグはほとんど「鰒汁」として食べられていたという。
江戸時代の料理法は、ふぐ汁だけで、ふぐの刺し身もから揚げもなかった。(興津要『食辞林』)ただ『料理物語』(寛永二十年1643刊)には 「第一 海の魚之部」に
〔ふぐたう〕汁、杉やき、でんがく、ひふぐ色々とある。「ふぐたう」とはフグのこと。
ふぐ○京江戸ともに○ふぐとよぶ 西国及び四国にて○ふぐとうと云 又江戸にて異名を○てつほうと云 其故はあたると急(たちまち)死すと云意也(『物類称呼』安永四年1775自序)
〔ふぐたう汁〕は、かはをはぎ、わたをすて、かしらに有かくしぎもよく取て、ちけのなきほどよくあらひ、きりてまづどぶにつけをく、すみざけも入候、さて下地は中みそより少うすくして、にえたちてうほを入、一あはにてどぶをさし、しほかげんすひ合せ出し候也、すひくちにんにく、なすび(『料理物語』第九 汁之部)
「どぶ」とは、同書「第八 なまだれだしの部」に「何時も酒のかすをしぼりたるがよし、にごり酒は悪」とある。
フグは、先ず腹腴腸骨(腸胃の誤写か)および蝶子頭尾を去り、細かに切り、濁酒に一・二刻の間浸す。それから取り出し、別に濁酒を豉(引用者註:味噌のこと)汁に和したのを用意する。それを用いて煮れば中毒することはないが、もし中毒したら、至宝丹あるいは竜脳の浸水ですっかり解毒する。または俗に、宇爾加宇留を用いるのも良いと言う。(人見必大『本朝食鑑』鱗部之三 元禄五年1692自序)
フグの身を漬けるものを『料理物語』では「にごり酒は悪」といい、『本朝食鑑』は濁酒という。
『料理物語』には「どぶ」について「酒のかすをしぼりたるがよし、にごり酒は悪」とあるが、発酵の終わった醪(もろみ)を搾って酒と酒粕にするのであるから、その酒粕を搾るとはどういうことか疑問であった。後に『料理早指南』三篇山家集(享和二年1802)を見ると
どぶの事 極上の酒のかす水にてとろとろにすりにかへしこして遣ふを云 にごり酒はわるし 但どぶなき時はみりんの酒かをとり入れるも吉とあった。江戸時代の「ふぐ汁」は現代のフグ料理とは大分違っている。
ところで、フグの毒については次のように云われる。
フグ毒の研究はかなり早くから行われていた。明治一〇年ころには、毒の体内分布やいろいろな動物に対する毒性が調べられた。そして明治四二年、田原良純博士がフグ毒の分離に成功し(純度は〇・二パーセントであったが)、テトロドトキシンと命名した。もちろんフグの学名からの命名であった。このテトロドトキシンが、トラフグの卵巣から結晶として純粋に得られたのは、しかし四〇年もあとの昭和二五年のことである。(『毒の話』)
テトロドトキシンのヒトでの致死量は〇・五~二ミリグラム、マウスの腹腔に注射した場合に供試動物の半数を死に至らしめる量すなわち五〇パーセント致死量(LD50値)は体重一キログラム当り八マイクログラム(ミリグラムの一〇〇〇分の一)、経口投与で三三二マイクログラムである。(同書)
毒一般をポイズンといい、その内動植物のつくる毒をトキシンという。動物毒は猛毒が多く、植物毒は猛毒から温和なものまで幅広い。植物毒は薬として利用されることが多く、研究も盛んで数千種類もあるという。植物毒の多くは「アルカロイド」という窒素原子を含む塩基性分子である。
フグ毒の強さを他の毒物と比べてみた。大木幸介『毒物雑学事典』1984.8には毒物の一覧表が載っている。毒の強さは「半数致死量」で示されている。その中からフグ(テトロドトキシン)、トリカブト(アコニチン)、ボツリヌス菌(ボツリヌストキシン)、青酸カリ(青酸)の四つを採り上げ比較する。
さて毒素の毒性の強さは、「致死量」で示される。現在は、「半数致死量」が一般的で、実験動物群をちょうど半数死亡させることができる毒の量をいう(体重一キログラムあたりミリグラムで示される)。本書でも毒の強さを比較するときは、できるだけ、この半数致死量を使って表してゆく。しかし、半数致死量が、まだ決定されていない場合は、それよりいくぶん不正確であるが、「最小致死量」、「致死量」の順に使っていく。なお、実験動物の種類(ラット、ウサギ、ネコなど)や、使用方法(静脈注射、皮下注射など)によって値がちがってくるので、数値の正確さは、ケタを比較できる程度である。(『毒物雑学事典』)
*毒性の強さ比較
半数致死量 1グラムで
フグ(テトロドトキシン) 0.01 1,600人強
トリカブト(アコニチン) 0.3 55人強
ボツリヌス菌(ボツリヌストキシン) 0.00005 33万人強
青酸カリ(青酸) 4.4(最小致死量) 4人弱
わかりやすくするために、ヒトの体重を60㎏として1グラムの毒が何人の半数致死量(青酸カリは最小致死量)に相当するかを計算して追加した。
なおボツリヌストキシンは破傷風菌のテタヌストキシンとならぶ、最強の猛毒である。フグ毒の強さはトリカブトより一ケタ違い、青酸カリの数百倍である。
フグ毒の強さは、フグの種類やその部位によって違う。厚生労働省の「自然毒のリスクプロファイル:魚類:フグ毒」には次のように書かれている。
フグ目フグ科のフグは猛毒のフグ毒テトロドトキシンをもつ。毒力の強さはフグの種類および部位によって著しく異なる。一般に肝臓、卵巣、皮の毒力が強い。このため、フグによって食用可能な部位が異なる。
ところが、特に毒の強い卵巣を糠漬けにしたものが石川県の特産品として売られている。
変わったものとして、石川県の特産に「ふくの子漬」がある。最も危険な卵巣の糠漬である。ものの本には塩と糠で無毒になると書いたものがあるが、これは実験の結果からみても決して無毒にはなっていない。二年も漬けた例でも、一〇グラム当り一〇MU(マウスユニット。一グラムのフグの臓器で体重二〇グラムのマウスを三〇分で殺しうる毒力を一MUという。以前は一グラムの臓器でマウス一グラム当りを殺す毒力とされていた)以上の毒力があったと報告されている。(山崎幹夫『毒の話』)
なぜ毒が弱くなるのか科学的には解明されていない。同書は次のように云う。
この場合はいろいろな種類のフグの卵巣を使うので、毒の平均化が行われること、大量の塩分(まず三〇~四〇パーセントの食塩で半年から一年漬けた後、一~二年糠漬にする)により毒の吸収率が低下すること、塩辛い味のため大量にいちどにたべないことなどが、中毒をおこさない原因なのだろう。
旧美川町では、プラスチック製容器で塩漬け一年、水洗い・乾燥の後、木の樽に糠を敷き塩蔵卵巣を並べその上に糠を置き麹をふりかけ、この順に幾層も重ね木蓋をして重しを乗せ、「いしる」(鰯の魚醬)を注ぎ、減ったら注ぎ足して二年漬け込み発酵させる。石川県医学予防協会の毒性検査を経て販売されている。その検査は、糠汁のエキスをマウス二疋に注射して三〇分経って二疋とも問題なければ5MU以下。10MU以下で合格。漬ける前のゴマフグの卵巣は100~1000MUという。漬け方は場所によって違い、輪島市では塩漬けは一日、3~4日天日乾燥、その後糠と「いしる」で二年間漬ける。但し麹は使わないという。
落語の中の言葉 一覧へ
この記事へのコメント