落語の中の言葉108「餅搗き」

          八代目三笑亭可楽「しり餅」より

 銭が無く暮れになっても餅を搗けない夫婦が、世間に対して恥ずかしいから、せめて音だけでもさせたいと苦肉の策として夫が夜中に餅搗きの男達の声色を使いながら女房の尻を叩いて餅搗きらしい音を出す。
 夜中に餅を搗くことは普通だったらしい。
  夜ッぴとい地主の餅でねつかれず  誹風柳多留五篇(明和七年1770刊)

江戸の町方の暮れの様子は次のように云われる。
正月の餅は諸侯・旗本方・社家・寺院、その他の武家ならびに町家の奉公人多き家は、皆自家にて例年定めの日限に違わず搗かれたり。その他の者は賃餅及び引きずり餅というを頼みて搗くなり。賃餅は菓子屋の搗く餅なり。菓子屋も上製の菓子屋は餅などの注文を引き受ける暇なく、正月つかいの菓子にて寸暇なし。されば下物〔したもの〕製の餅菓子屋のみ暮の餅を引き受け搗くなり。これも十二月十五日以後注文は断わりて搗かず。力の及ばざる所なればなり。引きずり餅というは、町内鳶の者、人足を雇い、釜・臼・杵等を荷ない、餅注文の家の前に到りて搗くものなり。自家にて餅を搗くは上流物持にして、引きずり餅屋を頼む家は普通の家、賃餅にて搗くは世間へ恥じし風俗なり。引きずり餅も十五日後は注文を引き受けず。賃餅ならびに引きずり餅とも十五日より毎夜深更まで搗き、朝また燈火にて搗き始め、二十二、三日より大晦日夜明けまで餅搗く杵の音、江戸四里四方に絶えずというも虚言とせず。これ慶応の始め迄の年末のさまなり。(菊池貴一郎『絵本江戸風俗往来』)

『俳諧歳時記栞草』によると
餅舂 〔日次記事〕此月(十二月)の尾〔をはり〕、傭夫〔やとひひと〕、昼夜となく木槌を肩にし、街衢〔ちまた〕を巡り、高声餅擣〔もちかつ〕をと呼〔よふ〕。倭俗、米幷に餅を舂を加都といふ。貧民、これを雇ひ、以て餅を舂しむ。日間〔ひるま〕は暇なきもの、又乞人〔こつじき〕の餅を請〔こふ〕者を嫌ひ、多く夜に入て舂。
餅の札 〔吾山遺稿〕江戸にて非人ども門々に立て、餅舂の祝ひとて餅を乞ふ。乞ひ得たる家とこはざる家との印に、門の柱に、紙にて判をして張おくなり、云々。〔猿簑〕弱法師我門ゆるせ餅の札 其角
 また江戸では歳暮として餅の贈答があったようである。
『東都歳時記』には
(十二月)二十六日 ○この節より餅搗、街に賑はし(その体尊卑によりて差別あれども、おほよそ市井の餅つきは、餅搗く者四、五人づつ組み合ひて、竃・蒸籠・臼・杵・薪なにくれの物担ひありき、傭ひて餅つかする人、糯米を出だして渡せば、やがてその家の前にてむし立て、街中せましと搗きたつることいさましく、昼夜のわかちなし。俗これを賃餅、または引きずりなどいふなり。すべて下旬、親戚に餻〔もち〕を送り歳暮を賀す。これを餅配りといふ。塩魚・乾魚を添ふるなり)。

とある。「賃餅」については『絵本江戸風俗往来』の方が正しいように思う。
川柳にあるように地主が一晩中餅を搗くのは自家で食べるもの以外に付き合いの多い家では配る餅も多かったためであろう。落語でも「文七元結」(六代目三遊亭円生)で横山町三丁目の鼈甲問屋近江屋が左官の長兵衛に対して、
「そういうご気性の親方と親類づきあいをいたしとうございますし、お供え(鏡餅)のやりとりなぞもいたしたいと思いますので、どうぞひとつ、これもご承知のほどを……」
といい、それに対し長兵衛は
「お前さんとこでどんな大きな鏡餅をよこすか知らねえが、私〔あっし〕ンとこア銭がねえから、これッぱかりな小せえのしかやらねえが、いいかい?」
と応じている。

  壱軒の口上で済〔すむ〕くばり餅  誹風柳多留初編(明和二年刊)
  さつさつとくばれと渡すかゞみ餅  誹風柳多留五篇(明和七年刊)
  くばり餅わらじをはくと一里の余  誹風柳多留七篇(明和九年刊)

米が高値のときには配り餅を自粛することもあったようである。
天明三年1783卯十二月五日
一打続米高直ニ付町中相互之為ニ候間、当暮は餅為取替之儀断申度存候而も、店並之様ニ而断も難申、迷惑致候者も可有之候哉ニ存候間、断等申又は無拠所は致軽少候而可然候、尤宝暦五亥年1755之暮組合限右躰申合例も有之、当年は別而米高直ニ付南北年番申合通達致し、勿論御触ニ而は無之候間、町々ニ而心得違無之様得と可申聞旨、年番通達(『江戸町触集成』巻八)
同様の通達は寛政三年1791にも出されている。(『江戸町触集成』巻九)
画像

          左中、商家の丁稚書出し(請求書)を配るところ
             中中、すわり(鏡餅)を配るところ
              中上、ちん餅舂くところ
                右中、せきぞろ
                  右下、塩鮭を贈るところ
                    右上、ちん餅の人足へ
                        祝儀を出したるところ
            (『目で見る江戸』歳暮交加の図・風俗画報抜萃)

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