落語の中の言葉75「借金を質に置く」

        五代目古今亭志ん生「唐茄子屋政談」より

 勘当された若旦那徳さんは唐茄子の重さに耐えかねて転び、荷を放り出してしまう。それを通りがかった親切な人が助けて、唐茄子を売ってくれる。買ってくれと頼まれた半さんは「鰹を片身買ってくれっていやあ、借金(を)質に置いたって買うよ、唐茄子なんてやだよ、ガチャガチャじゃねエんだ」と云う。
 「借金を質に置く」とは妙な言葉である。広辞苑をひくと、
「(借金を質にしてまた借金をする意)無理な金銭の工面をする。」
とある。しかし「借金を質にして」とはどういう意味か。噺家の得意にしている噺を質に取って金を貸した人もあったらしいが、借金を質にとって金を貸す物好きはあるまい。
 三田村鳶魚氏によれば、「借金を質に置く」というのは江戸時代の言葉だという。経済活動が活発になるのにしたがい、借金銀に関する訴訟が多発したらしい。出訴は原告被告それぞれを支配する名主の調停が失敗した場合にのみできることになっていたので(41「駆込願い」参照)、名主の権威が落ちて調停する力が弱まったことも影響しているように思われる。
幕府は借金銀の訴訟を受付ないあるいは裁許しないとする令や受付を再開する令を何度も繰り返している。
天和二戌年(1682)十一月、金公事受付停止。
貞享二丑年(1685)七月、本令以後の分のみ受付再開。
元禄十五午年(1702)閏八月 去巳年までの分は取上無し、当午年正月の分から裁許。
享保四亥年(1719)十一月 自今裁断せず。
享保十四酉年(1729)十二月 今年正月からの分は上裁
延享三寅年(1746)三月 延享元年からの分は裁断、それ以前の分は裁断せず。
寛政九巳年(1797)九月 これから出訴の分は取上、今までに分は裁許せず。

享保四年の令には裁断しない理由として「近きとし金銀逋責の事訴へ出るもの多く、評定所の会議も専らこれにかゝりて、その他の裁判するいとまあらず。よて逋責の事は私にはからはせ、今より後、奉行の廰にて裁断なすべからず」(「有徳院殿御実紀」巻九)とある。

「享保三年(1718)には、公事数35,751の中、金公事が33,037という数の示すように、公事の大部分は金公事が占め」たという(石井良助『第一江戸時代漫筆』)。

寛政九巳年(1797)の町触をあげると次の通り。

一延享元子年以来之金銀出入、奉行所ニて取上候儀、同三寅年相達候以来、已五拾年余、追々金銀出入数多成行候、元来人々相対之上之借貸ニ候得は、取上、裁許ニも不及事ニ候間、是迄之分、裁許は不申付、自今出訴之分、吟味之上取上、夫々可申付候、尤買懸り諸職人作料手間賃等ニ至迄、同断之事、
  但、只今迄取上、裁許日限等申付置候分ハ、済方向後は奉行所ニて取扱致間敷候、

金銭貸借の訴訟は取上げないので相対で解決せよというのは「相対済令」と呼ばれるもので、債権債務そのものをなくすもの(徳政令・棄捐令)ではない。しかし、相対では解決できないからこそ訴訟を起こすのであり、その訴訟を受け付けないとなれば、借金を踏み倒そうとするものも出てくる。また受付が再開されたとしても、いつまた裁許しないという令が出されるかしれない。そこで金を貸す側には対抗手段をとる者も出てくる。

文化二年(1805)二月の町触
借金銀出入之儀、去ル巳年九月迄之分、奉行所ニて裁許は不申付、自今訴出之分は吟味之上取上ケ、夫々済方可申付旨、其節相触置候上は、貸附置候金銀銭相滞、出訴致候得は取上ケ、済方申付候は勿論之事ニ候処、身軽之者共、少分之金銭貸附候者共、済方を慥ニ可致為メ、金銭ニてハ貸不申、蒲団其外衣類等拵、損料貸ニ致し、証文取置、借方ニてハ右品を質入ニ致し、質代を以当用相弁へ候ゆへ、損料銭并質入之利銭ニて二重ニ相成、迷惑及候得共、金銭ニて貸不申候故、不得止事借請候趣ニ相聞、右之内ニは証文表は品貸ニ致シ、金銭ニて貸附候も有之哉ニ相聞、旁不埒之至ニ候、殊ニ武士方えも相対を以右躰之貸方いたし候趣相聞、尚以不届き之至ニ候、乍然相対之義ニ付、此度は咎ニも不及候、依之巳来之儀左之通可相心得候
一少分之金銭貸候者共、古来より仕来之通金銀銭ニて貸附、済方相滞訴出候分、証文慥ニ候ハゝ取上、済方可申付候、勿論以前より高利ニ貸候儀、決て致間敷候
一損料貸之品、衣類夜具等其外古来より仕来候通、実々差支之間ヲ合セ候ため、品ニ而貸附候分不相返、訴出候ハゝ、吟味之上於無相違は取上、済方可申付候
  但、当座之間を合セ候事ニ付、三日限之証文致置、聊紛敷義不仕、勿論損料銭高直ニ致間敷候
右之通、不危踏貸借取引可致候、此外損料之品貸附、相対ヲ以質入いたし候類、不埓成貸方之分は、已来及出訴候共無取上、格別不埓之致方有之分は、夫々咎可申付候、且当時願出有之損料貸之分、済方之不及沙汰候間、相対次第可致候、尤前書之趣相心得、已来不埓之貸方決て致間敷候、若於相背は可為曲事
 右之通町中不洩様可触知者也
   丑二月
右之通従町御奉行所被仰渡候間、町中家持は不及申、借屋店借裏々迄不洩様入念可相触候
  二月廿二日         町年寄役所 

無理をして借金をしているわけではなく、金では貸さず、品物でしか貸さないため、やむを得ず品物を借りて、それを質入れして金に換えているのである。そこから「借金を質に置く」という言葉が出来たらしい。

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