落語の中の言葉20「文七元結」

          三代目古今亭志ん朝の「文七元結」より

 博奕にのめり込んだ左官の長兵衛は仕事もせずに博奕ばかり、借金だらけでどうにもならない状態。見かねた娘のお久は長兵衛の出入り先の吉原の遊女屋佐野鎚へ身を売りに行き、その金で借金を返しちゃんと働くように意見をしてくれと女将に頼む。女将は長兵衛を呼びつけ来年の大晦日までと期限をきって五十両を貸し、それまではお久を手元に置いて店へは出さないという。金を懐に吾妻橋まで来た長兵衛は、得意先から受け取った金をスリに盗られ身投げをしようとする手代文七を助ける。あやしい金ではないと娘の身売りのことを話し、受け取れないという文七に金を投げつけて行ってしまう。文七が店に戻ると、金は盗られたものではなく碁に夢中になって忘れてきたもので、すでに先方から届けられていた。店の主人は翌日文七を連れて長兵衛の家へ金を返しに行き、請け出しておいたお久も渡す。のちにお久と文七は夫婦になり麹町へ元結の店を出すという人情話。
 噺し手によって小異があり、六代目三遊亭円生師匠は長兵衛の女房は後添いでお久の継母という設定にしている。長兵衛が金を受取るところも、志ん朝師匠では一度やったものを返してもらうなど江戸っ子としては出来ないから、世間には内緒にしてくれと頼んで受取るが、入船亭扇橋師匠では店の旦那のほうが気を利かせて金が出た身祝いとして受け取らせている。
 ところで「文七元結」という元結は江戸時代名高いものであったようだ。
是又今時もてはやし候文七元結と申義も、以前はこれ無き義にて上下共に年若く候て、よりこきをも致して用ひ申たる義にてこれ有候なり (大道寺友山『落穂集』巻之十 享保十三頃)

山東京山(京伝の弟)は文七元結について次のように書いている。
文七元結といふ名の義〔よし〕は其角が(類柑子)巻上 北の窓といふ文章に「れいの男等機〔はた〕車みつ輪もて来てくゐぜのかたはらにしつらひけり。文七といふもの元結こく所になりぬるなり。俳句「文七にふまるな庭のかたつむり」おもふに其角がかくいひしをもて文七は元禄間〔ころ〕の鬠匠〔もとゆいし〕の名ともおもはれるれどさにあらず。戯子〔げし〕中村仲蔵が自筆の日記に、宇都宮の戯場はてゝ烏山へいたる下に「此所は紙の名所にてむかし文七といひし紙すきありて是がすきたるを元結にせしと所の人にきけり。」斯〔かく〕いひしは今より七十年前安永中の事なり。又(本朝世事談)享保十九年板 巻三 に「摎〔こき〕元結寛文の比〔ころ〕始る。文七は紙の名なり」とあり。是らを証〔あかし〕として文七は紙の名と決〔さだ〕むべし。蓋〔けだし〕紙すきの文七宝永のころ江戸に出店〔でだな〕して所々の空地をかりて元結つくりしゆゑ其角が文七といふもの元結こく所といひしもしるべからず。(岩瀬百樹『歴世女装考』弘化四)

 一方、 山本進氏は長野県飯田出身の諸芸懇話会会員橘左近氏の報告として次のように紹介している。
同氏によると、同地には「飯田よいとこ文七元結恋の島田の根を結ぶ」という民謡もあるくらいで、古くから元結の名産地だという。言い伝えでは、文七元結の元祖は桜井文七という美濃国恵那浅谷村の人で、元禄二年(一六八九)六歳のころ飯田に来た。元結製造にくふうをこらし、従来からの名古屋元結製法を改良して光沢のある良質化に成功、江戸芝日蔭町にて一家をなしたという。宝暦三年(一七五三)七月四日、七十歳で歿したことが、飯田市箕瀬町の長昌寺の過去帳に残っており、同寺に「顕心院徳応義文居士」の石碑もあるというのが、左近さんの調査結果である。
飯田元結は、すでに享保の末には十一カ国に販路を持つほどに発展していたが、江戸市場での名声は、享保末から宝暦といわれている」とも、同氏は報告されたうえで、圓朝の『文七元結』とは、余りにも時代がかけはなれすぎて、関連性がつけられないことを残念がっておられるが、もし桜井文七が″文七元結″という商品の元祖で、芝日蔭町に一家を構えたという言い伝えが本当なら、その成功譚が何らかの形で伝えられ、後に圓朝が『文七元結』を一席にまとめるもとになったことも十分考えられるのではないだろうか。今後の研究に待ちたいところである。(山本進 文七元結の「解題」 『名人名演 落語全集』第六巻昭和篇1)

ただ、大道寺友山が「今時もてはやし候文七元結」と書いたのは享保十二(1727)年であり、「文七にふまるな庭のかたつむり」と詠んだ宝井其角の歿年は宝永四(1707)年である。其角がかく詠んだときに「文七元結」の名はすでに世間に知られていたとすれば、江戸で名声を得たのが「享保末から宝暦といわれている」桜井文七の作る飯田の元結が文七元結の元祖とはいいがたいのではなかろうか。(享保が元文に改元されたのは1736年であり、宝暦は1751年から1764年である。)

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